ゴルフ場職員からITエンジニアに転職
ハンズシェア社員第1号・遠藤翔之氏は「おニャン子」ジュニア

クラスター株式会社

建設業者向けのマッチングサイト「ツクリンク」という、他に類を見ないサービスを展開する株式会社ハンズシェア。代表取締役の内山達雄氏は、IT企業の社長とは思えないほど実直な性格だった。実際に内山氏のもとで働く社員たちは、社長をどう見ているのだろうか。同社の社員第1号で、エンジニアの遠藤翔之氏に聞いた。他の社員によると、遠藤氏は80年代に一斉を風靡したアイドルグループ「おニャン子クラブ」のメンバーの息子だという。
遠藤翔之(えんどう・しょうの)
株式会社ハンズシェア・エンジニア。農業高校卒業後、株式会社アコーディア・ゴルフにて約1年半勤め、ハンズシェアに転職。Ruby on Railsをメインに開発をしている。約1年営業としても働いていた。1号社員として現在も働いている。

——いきなり仕事と関係のない話からはじめてしまいますが、遠藤さんのお母さんが“おニャン子”のメンバーだというのは、本当ですか?

遠藤:はい。母は高校生のころ「おニャン子クラブ」に在籍したことがあって、会員番号は●番でした。ただ、活動期間が短いので、名前を言ってもわかる人は少ないと思います。私自身、母が活動していたころの映像を観たことがないんです。

株式会社ハンズシェア エンジニア・遠藤翔之(えんどう・しょうの)

——そんな人が、なぜハンズシェアで働くことになったんですか?

遠藤:ここに来る前は、ゴルフ場で働いていました。コース管理をやっていて、毎日芝を刈ったり植木の手入れをしたり、グリーンのカップの位置を変えたり。ゴルフ場の“緑”の部分は、だいたい私が担当していました。

——だから遠藤さんの名刺には、ゴルフのグリーンが描かれているんですね。でも、エンジニアリングとは、ほど遠い仕事のように思えます。

遠藤:学生時代は、とにかく勉強ができなくて。成績は学年で最下位でした。就職先も先生に面倒を見てもらったんです。毎日、仕事が終わったらゴルフの練習ができたので楽しかったですね。転職ということはまったく頭になくて、「一生ここで働くんだな」と思っていました。

——今のお仕事につながる要素が、まだ見えてきません。

遠藤:そんなとき、とある交流会で内山と出会ったんです。そこで「うちで働いてみないか」と誘われました。どんなサービスをやっているかも知らなったんですが、とにかく入ってみようと。当然エンジニアの経験はゼロでした。

——まったく知らない職種に就くことに、不安はなかったんですか?

遠藤:不安しかありませんでした(笑)。IT業界は、僕と無縁の世界だと思っていましたから。だから最初はボロボロでした。いろいろ教わっても、「何がわからないのかもわからない」状態。ただそのなかでも、“わかる瞬間”というのがあって、その快感はなにものにも代えがたいと思います。

——エンジニアを続けていくには、勉強会に出るなどして、新たな知識を身につけていく必要がありますよね。

株式会社ハンズシェア エンジニア・遠藤翔之(えんどう・しょうの)

遠藤:学校の勉強は、「こんなの役に立たないだろう」って思ってたんですが、エンジニアの勉強はすぐ実践して試せるので、苦ではないんです。すぐ自分のスキルになるという感覚があります。

——実際にハンズシェアで働いてみて、どうですか?

遠藤:人数が少ないこともありますが、あまり決めごとがないというか、「これをやりたい」と言い出した人がやれるという「自由さ」がありますね。ゴルフ場で働いていたときは、「一生この仕事をやるんだろうな」と思っていて、ITなんて遠い世界のことだと思ってたんで、不思議な感じがします。

——他のメンバーとぶつかることはありますか?

遠藤:ここでは、ないですね。他の人と意見が違うことがあっても、「そういう考え方もあるんだ」となります。どちらかを選ぶ必要がある場合は、第三者に入ってもらって判断します。ゴルフ場では厳しい人が多かったので、全然違いますね。

——社長の内山さんに対しては、どのようにみていますか?

遠藤:私が入ったころから比べると、かなり社長っぽくなりましたね(笑)。私が言うのもなんですが、いい意味で顔つきが変わってきたなと思います。

——褒めてばかりだと面白くないんで、できれば会社に対するグチを聞きたいのですが。

遠藤:オフィスが六本木に近すぎて遊び過ぎてしまうのがちょっと・・・プライベートも充実してしまうので、その点グチにはならないかもしれません(笑)。

カメラマン: 加藤甫、 ライター: たちこぎライダー
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